「刀を持った日」〜back story of 神谷 瑞希〜

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■−少女−
■−はじまり−
■−心の中(瑞希)−
■−心の中(優理)−
■−心の中(勇二)−
■−異変−
■−死闘、そして別離−
■−願い−


−少女−

・・・静まり返った夜の公園。
不思議な光景が月明かりに照らし出されていた。
あきらかにこの世のモノとは思えない、生き物であることを疑ってしまいそうな物体と、
それに物怖じすることなく対峙している少女。
両者の間には何かぴんと張り詰めた、切迫した雰囲気があった。

少女「異形のモノよ、おとなしく自分の世界へ帰りなさい。さもないと、
      私が実力行使で地獄へ送りますよ。」

制服姿に日本刀を携えた、その不思議な少女は静かに異形のモノと呼んでいる生き物に
話し掛けた。
しかし、生物はその言葉に素直に従うことなく、背筋を凍らせんばかりの唸り声をあげ
、少女へ飛びかかった。

少女「・・・しかたありません。あなたを退治させて頂きます。」

少女はそう言うやいなや、刀身を鞘から抜きつつ異形のモノへ向かって行った。
・・・異形のモノの異常に伸びた爪の攻撃をまるで読んでいたかのように
前のめりにかがんで避けた少女は、そのまま天めがけて刀を振り上げた。

ざんっっ!!!
異形のモノ「ッ!!」

勝負は一瞬だった。
見事に真っ二つになった異形のモノは、声にならない声をあげながら、黒い煙
となってこの世界から消えてなくなった。

少女「・・・・退魔完了。」

少女はぽつりとそうつぶやくと、刀を鞘に収め静かにその場を去っていった。


少女「ただいま。」
優理「あ、瑞希(みずき)ちゃん、おかえりなさい。どこも怪我とかしてない?」
瑞希「うん、大丈夫。でも、今日はなんか少し疲れちゃった。だから、もう寝るね。」
優理「そう。じゃあ、おやすみなさい。瑞希ちゃん。」
瑞希「おやすみなさい、お姉ちゃん。」

瑞希は自分の部屋へ戻ると、日本刀を神棚らしきところへ置き、ベッドへ直行した。
そして、ベッドの上に倒れこんだ後、しばらくして・・・

瑞希「あ、パジャマに着替えなきゃ。」

ふと自分が制服のままであることに気づき、着替える為に起き上がろうとしたが、

瑞希「・・・・別にいいかぁ。」

結局、瑞希はそのまま眠ってしまった。

『朝起きて制服がしわになってたりしたら、お姉ちゃんおこるだろうなぁ』


−はじまり−

少女「えーい!」

思いきり振り下ろされる木刀。

青年「おっと」

しかし、それはいとも簡単にいなされてしまう。
それと同時に相手の木刀は宙を舞った。
・・・そして勝負はついた。

少女「うー・・・おにいちゃんひどいよう。」

怪我をしたのか、手をさすりながら少女は涙目で相手を見つめた。

勇二「はは。ごめんな、瑞希・・・大丈夫か?」
瑞希「うー、なんでもないもん!」
勇二「ほら、見せてみろ。」
瑞希「あっ・・・。」

妹の傍へ駆け寄り、注意深く妹の手の怪我を調べる。

勇二「・・・・うん、別に問題はないようだな・・・よかった。」

兄は安心した面持ちになると、妹のあたまを撫でてやった。

瑞希「おにいちゃん・・・。」
勇二「ごめんな、瑞希。こんな剣の稽古なんてしたくないだろ?本当はみんなと一緒に
      遊んでいたいんじゃないのか?」
瑞希「んーん。わたしはおにいちゃんと”けんのけいこ”をしているほうがすき。」
勇二「そうか・・・・・・ありがとう。」

兄は撫でていた手でそのまま瑞希を抱き寄せた。

瑞希「・・・おにいちゃん?なんで泣いてるの?かなしいの?」
勇二「・・・・・・人はね、嬉しいときも涙がでてくるものなんだよ。」
瑞希「ふぅん・・・。」

兄は暫く妹を抱いていたが、何か思い出したのか、妹の両肩に手をかけ
真剣な顔で話しかけた。

勇二「この剣の稽古はいつかきっと瑞希の役に立つ時がくるはずなんだ。」
瑞希「うん。」
勇二「だから、今は我慢して、剣の稽古をしてくれ。」
瑞希「だぁかぁらぁ、わたしはいやじゃないっていってるでしょー。」
勇二「あ・・・ああ、そうだったな。ごめん、ごめん。」

兄はばつが悪そうに照れながら、妹に笑みを送る。
しかし、妹をみつめながら兄は来るべき日へ思いを馳せていた。

『いつか、瑞希に伝えなければ・・・俺らの、神谷一族の因縁を・・・。』


−心の中(瑞希)−

わたしたちにはおとうさんもおかあさんもいなかった。
おにいちゃんと、わたしのふたりだけ。
だけど、かなしくはなかった。
ようちえんで「りょうしんがいない」といじわるをされたりもするけれど、
わたしはへいきだった。
だって、わたしにはおにいちゃんがいたから。

あるひ、おにいちゃんはおんなのひとをつれてきた。
『家政婦さんを雇うことにしたんだ』っていってた。

優理「はじめまして。今日から住み込みで家政婦をさせていただくことになりました、
      稲川優理(いながわ ゆり)と申します。これからよろしくね、瑞希ちゃん。」
瑞希「あ・・・、よ、よろしくおねがいします。」
勇二「はは。なに緊張してるんだい?瑞希。」
瑞希「うー、きんちょうなんかしてないもん。」
優理「うふふふ。」

そのかせいふさんはおにいちゃんとおなじくらいのとしみたいで、
わたしにとっては”おねえちゃん”ができたようでうれしかった。
このうちにおねえちゃんがきて、”いっしゅうかん”ぐらいたったあるひ、
おねえちゃんとふたりだけでおはなしをした。

優理「ねぇ、瑞希ちゃん。」
瑞希「なあに?おねえちゃん。」
優理「私がここに住み込みで働かせてもらっている理由を教えてあげましょうか。」
瑞希「うん。」
優理「私ね、ひとりぼっちだったの。勇二さん・・・瑞希ちゃんのお兄さんに会うまでは。」
瑞希「・・・ひとりぼっち?なんで?おとうさんやおかあさんは?」
優理「物心がついた時には既に孤児院にいたの。だから、お父さんやお母さんの顔なんて
      知らないの。」
瑞希「おねえちゃんもおとうさんとおかあさんのかおをしらないの?」
優理「・・・”おねえちゃんも”?もしかして、瑞希ちゃん・・・?」
瑞希「うん。ずっとおにいちゃんとふたりきりだったの。」
優理「そっか・・・。じゃあ、私たち似た者どうしってことね。」
瑞希「うん。”にたものどうし”だね。」
優理「・・・あ、話がそれちゃったわね。・・・で、私はその孤児院でついこの間まで
      お世話になっていたの・・・そこは私にとっては本当の家のようで、いつまでも
      みんなで仲良く過ごすことができると思っていたの。」
瑞希「うん。」
優理「・・そう。あの事件が起きるまでは・・・・・・。」
瑞希「・・・・おねえ・・・ちゃん?」

おねえちゃんのかおいろがわるくなってきた。
なんか、とてもかなしそうで、いまにもなきだしそうだった。

優理「・・・だめ。今の私にはまだ話す勇気がないわ・・。ごめんなさい、瑞希ちゃん。
      いつかきっと、話すことができるようになる日が来ると思うの。それまで、もう
      少しだけ待っていてもらえるかな。」
瑞希「うん。わたし、まってる!」
優理「・・・ありがとう。」

けっきょく、このおうちにきた”りゆう”はおしえてもらえなかった。
だけど、このはなしをきいてから、わたしはますますおねえちゃんのことがすきになった。
かわりに、おにいちゃんがしている”おしごと”がすこしだけきになりはじめた。


いつもとおなじよる。
わたしはおねえちゃんとふたりでよるごはんをたべようとしてた。
そこへちょうど、おにいちゃんがかえってきた。

勇二「ただいま、瑞希、優理。」
瑞希「あ、おかえり。おにいちゃん。」
優理「おかえりなさい。」
瑞希「・・・あれ、おにいちゃんケガしているの?」
勇二「あ?ああ・・・少しだけ・・な。」
優理「勇二さん、今すぐ傷の手当てをしますわ。」
勇二「心配かけてしまって、本当に済まないと思っているよ・・・・・でも・・」
優理「お仕事ですから・・・ね・・。」
勇二「本当に済まない。」

おにいちゃんのケガのてあてをしているときのおねえちゃんのかおは
すごくかなしそうだった。
それをみていたおにいちゃんもすごくかなしそうなかおをしてた。
だから、わたしもかなしかった。
でも、ケガのてあてがおわって、ごはんになるとふたりともにこにこしてた。
だから、わたしもうれしくていっしょにわらってた。

なんにもないまいにちだけど、わたしにとってはだいじなまいにち。
おにいちゃんがいて、おねえちゃんもいる。
3にんでそろってごはんをたべたり、おはなししたり、あそんだりする。

『いつまでもこのしあわせなじかんがつづきますように。』


−心の中(優理)−

いつ頃からだろう、勇二さんが傷を負って帰ってくるようになったのは。
はじめは擦り傷や、引っ掻き傷くらいのささいなものだった。
だけど、最近はそれらに加え打撲傷も増えてきた。
私はただただ不安で、瑞希ちゃんにばれないようにそれとなく勇二さんに尋ねてみた。

優理「・・・あの、勇二さん。」
勇二「ん?なんだい、優理。」
優理「その・・・お仕事、大変なのですか?」
勇二「ああ。毎日毎日、やつらも飽きもせずにやってくるよ。ま、そのおかげで俺達も
      毎日の食事にありつくことができるのだけどね。」

ははっと勇二さんは軽く笑っていた。
でも、私はその勇二さんの取り繕うような笑顔を見ていて、不安になった。
『・・・やはり、言おう。』
私はありったけの勇気をふりしぼって今の心の中にある言葉を出した。

優理「・・・勇二さん・・・そのお仕事を・・・・やめることはできないのですか?」

いくら仕事とはいえ、命を懸けてまでしてほしくなかった。
そう・・・私は勇二さんを愛してしまっていた。
私は知らぬ間に涙を流していた。勇二さんの表情がわからない位に。
勇二さんは私の涙にとまどいながらも、私を正面から見据えてこう言った。

勇二「俺を心配してくれているのは痛いほどわかっているよ。」
優理「じゃあ・・・?」
勇二「でも、俺は今の仕事を捨てるわけにはいかないんだ。」

勇二さんは視線をどこか遠くに運びながら言葉を続けた。

勇二「これは・・・俺ひとりの問題じゃないんだ。すべては一族の宿命・・・。」
優理「・・・勇二さん?」

その勇二さんの顔は今までに見たことのない、とても険しい表情だった。

勇二「だが、瑞希だけにはこんなことさせたくない。俺が全てを背負うことが
      できれば・・あるいは・・・」
優理「勇二さんっ!」

突然の私の悲鳴にも近い呼びかけで勇二さんはハッと我に帰った。
勇二さんは私と目が合うと、体裁が悪いのか背を向けてしまった。
そして、本当に申し訳なさそうな声でひとことぽつりとつぶやいた。

勇二「・・・優理、すまない。俺は君の期待に応えることはできない。」

・・・・わかっていた。
そう・・・わかっていた答えだったのだ。
だけど、本人の口から直接答えを聞いてしまった今、
私はただ泣くことしかできなかった。

『それでも、私はいつまでもあなたを愛しています・・・。』


−心の中(勇二)−

俺は自室のベッドの上で仰向けになり、天井に備え付けられている蛍光燈を
ボーッと見ながら考えていた。
俺は、考え事をするときはなぜか必ず部屋を真っ暗にする癖がある。
なぜ部屋を暗くするかは俺自身にもわからないのだ。
・・・だが、そんなことは今はどうでもいいことだった。
そう、今問題なのは「やつら」のこと。

最近、やつらの行動が活発化してきている。
今までは1週間に1度、出現するかしないかという程度であったが、
現在では2,3日に一度、下手をすると毎日現われるようになったのだ。
自分でいうのもなんだが、俺は退魔士としては一流である。他にも退魔士は居たが、
皆、俺の実力を買ってくれている。正直、悪い気分ではない。
しかし、しかしだ。
こうも毎日やつらの相手をしていると、流石の俺でも疲労は溜まってくる。
なるべく無駄な動きをせずに渡り合うようにしているが、
なにぶん一勝負一勝負が命のやりとりなので、精神的にかなり来るものがある。
精神力が弱まってしまうと、それだけ判断力も、退魔力も弱まってしまう。
そして、その後に待ち受けているものは・・・・・・・死だ。

『だが、なぜここまでやつらが頻繁に姿を現すようになったのだ?』

その疑問に達した次の瞬間、俺は最悪の解答を導き出してしまった。

『・・・・まさか、封印が弱まっているのか?』

・・・そう・・・としか考えられない。
俺は、ベッドから身体を起こし、窓のそばへと歩み寄ると、遮光カーテンを
まるで剥ぎ取るように一気に開けた。
すると、月の光が窓を突き抜けて俺の部屋をやさしく照らし出す。

勇二「満月・・・だったのか・・・」

ついさっきまで外に居た者とは思えない言葉を、俺は口にしていた。
それは、俺が周囲を気に掛ける余裕がなかったことを如実に語っていた。

勇二「俺も、そう長くないかもな・・・。」

不思議と、死期が近づいていることに恐れはなかった。
いや、恐れを感じていなかったわけではない。
ただ、不安という感情が恐れという感情を凌駕していたのだった。

ふと、部屋の片隅で、月光を反射しているものに眼が止まった。
何気なく近寄ってみると、それは、まだ両親がいた頃に一緒に撮った写真を収めた、
木目のフォトスタンドだった。
俺はそのフォトスタンドを手に取り、よく見えるように月明かりで照らし出した。
その中の俺は、まだ物心のついてない瑞希を抱きかかえ、屈託のない笑みを浮かべていて、
両親はあぶなっかそうに、笑顔でそれを見守っているという、至って普通の写真だった。

なぜだか、自然と涙が溢れてきた。
しかし、俺はその涙を拭うことはしなかった。
どうせ拭ってみたところで涙が止まるものでもあるまい。

『・・・いっそ、涙が止まるまで放っておいた方がいいのではないか。』

そうすれば、きっとこの悲しみも洗い流されるのではないか・・・。
そう思い、俺はいつまでも、いつまでも涙を流しつづけていた。
そして、流れつづける涙を気にもとめず、俺は写真に語りかけていた。

『父さん、母さん・・・俺は優理や瑞希に何を残してやることができるのだろう。』


−異変−

勇二「今日、遊園地にでも行かないか?」
瑞希「ふぇっ?」
優理「えっ?」

それは朝食を摂っているときの出来事だった。
勇二の突然の誘い。
あまりに意外な言葉に二人とも面食らったのか、次のモーションに移ろうとしない。
瑞希に至っては、パンにかじりついたままだった。
勇二はそんな二人を見比べながら、仕方なく再び同じ台詞をつぶやいた。

勇二「だから・・・『今日、遊園地にでも行かないか?』と言ったんだ。」

ようやく、我に返った瑞希がパンを口から出しながら顔をほころばせて勇二に聞き返した。

瑞希「おにいちゃんっ!それほんとう?」
勇二「・・・お行儀が悪いなぁ瑞希。ああ、本当だ。」
瑞希「おにいちゃん、ゆうえんちって、どこにいくの?」
勇二「うーん・・・瑞希が決めていいよ。」
瑞希「ほんとう!?じゃあね、わたし、”ですてにーらんど”にいきたい!」
勇二「そうか。じゃあ、デスティニーランドにしよう。」
瑞希「わーい。じゃあ、はやくいこうよ。」
勇二「瑞希、ちゃんと朝ご飯を食べたら・・・な。」

朝食を摂ることさえも忘れ、ひとりでおおはしゃぎしていた瑞希は、必死になって
パンを口に押し込みはじめる。
勇二も優理も、その光景を楽しそうに眺めていた。

優理「でも、勇二さん、お仕事の方は大丈夫なんですか?」

優理は、多少不安げに勇二に質問した。

勇二「たまには息抜きくらいしないとな。」
優理「・・・そうですか。」
勇二「なんだい?まだ何か言いたそうだね。」
優理「あ、いえ・・なんでもありませんわ。」

瑞希「ごちそうさまっ!おにいちゃん、はやくいこうっ!!」

二人の会話は瑞希の元気な声により中断された。

勇二「お、もう食べ終わったのか?早いなぁ。」
瑞希「ねぇ〜、はやくぅ〜」

瑞希は勇二の腕を引っ張ってだだをこねるようにして急かす。

勇二「ははは。わかった、わかったから、部屋にもどって支度でもしておいで。」
瑞希「うんっ!」
勇二「あ、あと優理、片付けはざっとでいいからね。」
優理「はい。」

自分の部屋へ全速力で掛けて行く瑞希を見送りながら、勇二も自分の部屋へ戻って行った。

優理「・・・・・。」

ひとり残された優理は、勇二の突然の誘いにいつまでも疑問を抱いていた。

優理「まさか・・・ね・・・。」

優理は嫌な予感がしていたが、時間がないことに気づき、
取り越し苦労であることを願いつつ朝食の後片づけをはじめた。


瑞希「うー、じゅんばんまだぁ?」
勇二「・・・まだ並んだばかりじゃないか。」
優理「瑞希ちゃん、もう少しで中に入ることができるから、ね?」
瑞希「うー。」

ここ、”デスティニーランド”に来てから3人はずっとこの調子だった。
休日ということもあって、当然どのアトラクションも大行列である。
入場することが出来ただけでも儲けものなのであるが、そんなことはおかまいなし
といわんばかりに瑞希はだだをこねつづけていた。
しかし、そんな瑞希を二人は叱ることなくやさしくなだめているだけだった。

ドーン!
「わぁー!」
「キャーッ!」

突然、爆発音らしき騒音のあと、人々の悲鳴が聞こえてきた。
3人の並んでいるアトラクションからはそう遠くなさそうであった。

優理「あら、新しいパフォーマンスかしら?」
瑞希「なんだろうね?おにいちゃん。」
勇二「・・・・・・。」

『・・・まさか、こんな時に・・・』

ことの重大さに気づいていたのはどうやら勇二だけのようだった。
周囲の人々も、何が起きているのかが気になってはいたようだが、
しばらくすると再び希望のアトラクション目指して動きはじめた。

勇二「ちょっと、何が起きたのか見に行ってきていいかな。」
優理「え?」
瑞希「・・・だって、もうすこしではいれるよ?」
勇二「うん。でも、あっちで起きている何かの方が気になるんだよ。」
瑞希「えー?」
勇二「とりあえず、このアトラクションはお兄ちゃん、たくさん乗ったことあるから、
      今回は、優理お姉ちゃんと楽しんでおいで。」
瑞希「うー。・・・じゃあわたしもおにいちゃんについていく。」
勇二「駄目だっ!!」
瑞希「お、おにい・・ちゃん?」

突然すごい見幕で拒否された瑞希は既に半泣き状態だった。
そして、その緊張した声色を聞いた優理は瞬間的に何が起きているかを悟った。

優理「勇二さん、まさか・・・。」
勇二「ああ。その”まさか”だ。」
瑞希「うぐっ、お、ひっく、にいちゃん、ひっく・・・。」

二人は何が起きているのかを理解していたが、ひとり、瑞希だけはわけもわからず、
傍らで泣きじゃくっていた。
その、泣きつづけている瑞希に勇二はやさしく話し掛けた。

勇二「ごめんよ、瑞希。急に怒鳴ったりして。別にお兄ちゃんはお前が嫌いになった
      わけじゃないんだよ。いい子だから、泣き止んで・・・ね?」
瑞希「うっ・・えぐっ・・・・・うん。」
勇二「よし。いい子だ。」

勇二はそっと瑞希を抱いてあげた。瑞希は兄の腕の中でようやく微笑みを取り戻す。
その、瑞希の感情がおさまるのを確認してから、勇二は再度話し掛けた。

勇二「お願いだから、一緒に来るなんて言わないでくれ。」
瑞希「うん。わたし、ここでおねえちゃんとまってる。」
勇二「ごめんな。・・・すぐに戻ってくるからな。」

勇二は瑞希を納得させると、立ち上がり、優理の方を見た。

優理「・・・う・・・うぅ。」

優理は眼に涙を浮かべ、身体を震わせていた。

勇二「・・・優理、思い出してしまったのか?」
優理「・・・・・・はい。」

優理は勇二の質問に答えると同時に手で顔を覆ってしまった。

優理「う・・・みんな・・・・!」

その場に崩れるようにして膝を落としてしまった優理に、瑞希が駆け寄る。

瑞希「おねえちゃん、どうしたの?だいじょうぶ?」
優理「ありがとう・・・瑞希ちゃん・・・大丈夫よ。」

瑞希の心配そうな表情を見た優理は、なんとか安心させようと精一杯の笑顔を見せた。

勇二「優理・・・。」
優理「私は大丈夫です。勇二さん。ですから、今は・・・」

一般客「うわぁー!た、たすけてくれっ!ば、化物があぁーっ!!」

優理の言葉は一般客の叫び声にかき消されてしまった。
そう。騒ぎが少しずつ伝播しつつあった。
爆発音のあった方面から、人々が血相を変えてこちらへやってくるのだ。
当然、他のアトラクション待ちをしている人々も他人事ではなくなってくる。
そして、血まみれの人間がこちらへやってくると同時に人々に緊張が走った。
次にこの世のものとは思えない、”デスティニーランド”には明らかに似合わない
オブジェが姿を現す。
だが、まだなにかのデモンストレーションと思っている人々も居た。
そんな人間が興味深々とそのオブジェに近づこうとした途端、
”ぱきゃっ”という音と共に首なしの人間が一つ出来上がった。

ようやく事態を飲み込むことが出来た人々はパニックに陥り、出口へ走り始めた。
その様子を見ていた周囲の人々もつられるようにして出口へ殺到する。
ついさっきまで満員御礼だったアトラクションはいつのまにか
すべて待ち時間なしで乗れるようになっていた。

優理「勇二さん、くれぐれもお気をつけください。」
勇二「ああ・・じゃあ、あとのことは頼んだぞ。」
優理「はい。」
勇二「・・・行ってくる。」

勇二は一旦惨劇のあったであろう場所へ行こうとしたが、何か思い出したのか、
Uターンして優理と瑞希のところへ戻ってきた。
そして、おもむろに優理を抱きしめたのである。

優理「!」

突然の抱擁に、優理は言葉を失った。
そして、次の勇二の言葉に、更に言葉を失った。

勇二「帰ったら、俺達の本当の家族になって欲しい。」
優理「・・・・え?」

今まで頑なに拒絶されていたと思っていた優理はその言葉が信じられなかった。

優理「私・・・なんかでいいんですか?」

つい、おずおずと聞き返してしまう。

勇二「君じゃないとだめなんだ。・・・優理、愛しているよ。」
優理「!!」

優理の眼にはふたたび涙が浮かんでいた。
瑞希はその一連のやりとりをうれしそうにじっと見ていた。

しかし、幸せな時間はいつまでも続くことはなかった。
魔獣の咆哮が3人を現実に引き戻したのだ。

勇二「じゃあ、今度こそ行ってくるよ。」
優理「はい。・・お気をつけて。」
瑞希「いってらっしゃーい。」

勇二は後ろを振り返ることなく、惨劇があったであろう場所へと向かっていた。
自分が無事に瑞希達と再会することが容易ではないと予感していたからである。

『俺は卑怯な奴だ。守ることのできない約束をしたようなものなのだからな。』


−死闘、そして別離−

勇二は遭遇した魔物を片手で軽く蹴散らしながら、邪気の中心地である場所、
「スプラッターマンション」へ入って行った。

勇二「まったく、やつらも出現場所だけは考えているようだな。」

皮肉を漏らしながら、勇二は最深部に歩を進める。
その、中心に行く程に無残な死体が増えていき、邪気は強くなっていった。
勇二はその先に大物がいることを確信した。そして、それと同時にその邪気になぜか
覚えがあることに気づいた。

勇二「・・・・まさか・・この邪気は・・。」

そう、それは忘れることの出来ない記憶。
大切な両親を失ってしまった時の・・・。

勇二はふと、自分の身体が震えていることに気づいた。

勇二「・・・武者震いか。・・ふ、ふふふふ・・・当然だな。」

彼はそのまま中心地へ足を踏み入れた。

「スプラッターマンション」で言うところのクライマックスである、
「惨劇が毎夜の如く行われている地下広間」に、そいつは居た。

勇二「久しぶりだな。」
魔物「キサマ・・あの時殺した退魔士の?クククク、キサマもあのオヤジのように
      殺されに来たのか?」
勇二「くっ・・・両親の仇、今ここで討たせてもらう!」
魔物「フン、あの時はたまたまオレが不意をつかれただけだ。それがわからん内は
      キサマにこのオレを倒すことはできぬわ。」
勇二「『不意をつかれた』だと?その慢心が敗因だということがまだわからないのか。」
魔物「キ、キサマ・・・・!!!」
勇二「人の心の力をあなどっている貴様に、今一度、人の強さを思い知らせてやるっ!」
魔物「調子に乗りおってぇーっ!!」


瑞希「あ、おにい・・・ちゃん?」
優理「えっ?あ、ちょっと。」

突然、瑞希は優理とつないでいた手を放し、兄が走り去っていった方向へ
行こうとしたので、、優理は慌てて瑞希の手を取り直した。

優理「どこ行くの?瑞希ちゃんっ。」
瑞希「・・・おにいちゃんがよんでるの。」
優理「勇二さんが?」
瑞希「はやくいかなきゃ。」

瑞希は優理の方へ振り向いて一言二言いうと、再び優理の手を振りほどいて
行こうとする。

優理「でも、勇二さんはここで待っていろと・・・」

瑞希の不可解な行動に優理はしばらく考えこんでいたが、意を決して瑞希に言った。

優理「私も一緒に行くわ。」


魔物「ククク、さっきまでの威勢はどうした?退魔士。」
勇二「う・・・・くそっ!(やはり武器なしでは・・・!)」

愛用の日本刀がなく、やむなく素手で戦っていた勇二は魔物にいいようにあしらわれ、
すでに満身創痍であり、魔物を倒す力は残っていなかった。
あまりの屈辱に歯ぎしりをする勇二。
それを心地よく見下ろしていた魔物は次の行動へと移った。

魔物「さて、そろそろ封印をしてくれた恩でも返させてもらおうか」

魔物は勇二に近寄ると、足で勇二の右腕を踏みつけた。

勇二「ぐわあぁぁぁぁぁぁっ!」

広い空間にこだまする叫び声。
魔物は容赦なく勇二を痛めつけた。

魔物「ククク・・・ハハハハハ!いいぞ、退魔士!最高の気分だ!!」


優理・瑞希「!」
優理「今の声は・・」
瑞希「おにいちゃん!」

二人は既にスプラッターマンションに入り込んでいた。
途中に転がっていた死体を目にした時、多少の躊躇はあったが、
思い切って中へ入って行った。
そして、中心へ進む最中にその「声」を聞いたのだ。

走り出す二人。
そして、広間へついた二人が見たものは、魔物にむなぐらをつかまれ、
いいようにもてあそばれている勇二の姿だった。

瑞希「おにいちゃんっ!!」
優理「ゆ、勇二さん!!」
魔物「どうやら、客人の到着のようだな。」
勇二「!?み・・ずき、ゆ・・り・・・なぜ・・ここへ・・?」
魔物「クックック。このオレが呼び寄せたんだよ。」
勇二「な・・・に・・・!?」
魔物「キサマの思念の中に見え隠れしていたものがあったんでな、それをちょいと
      利用させてもらった。・・・そのおかげでオレは、キサマに死ぬ間際まで絶望を
      与えてやることができるようになったわけだ。」
勇二「!・・・・貴様・・・っ!!」
魔物「キサマはここで、あの二人が無残に殺されるところをじっくりと
      見ているんだな、ククククク・・・ハハハハハ!」

そう言うと魔物は勇二をその場に放り出し、二人の方へ歩み寄って行った。

優理「こ、こっちに来ないでぇっ!!」

優理は瑞希をかばうようにしながら、魔物に叫んだ。
瑞希は何が起きているのかが未だに理解できていないようで、
優理の腕の中でただ震えていた。

魔物「ククク・・・、元気なお嬢さんだ。キサマ、アイツの恋人か?」
優理「!?」
魔物「・・・・そうか、恋人なんだな・・・ん?そいつは・・・」

魔物は瑞希を見た。同じタイミングで瑞希も魔物を見た。丁度眼と眼が合った。

魔物「ほう、アイツの妹といったところか・・・・ますます好都合だ。」
優理「近づかないでってばぁ!!!」

歩み寄る魔物から必死になって離れようとする優理。
だが、ほどなくして壁際まで追い詰められてしまう。

魔物「さて、もう逃げ場はないようだが、これからどうするかね?お嬢さん。」
優理「う・・・うわぁっ!!」

突然、優理は近くにあったパイプのようなものを持って魔物へ向かって行った。
思い切り振り下ろされたパイプは、見事に魔物にヒットしたが、全く効いている様子
はなかった。

魔物「いい抵抗だ。だが、そんなものが効くほどヤワではないんでね。ククク。」
優理「あ・・・・ああぁ・・・。」
魔物「今度はこちらの番だ。」

そういうと、魔物は腰が抜けてしまった優理の首をつかみあげ、高々と掲げた。

優理「ぐっ・・・・あ・・・がはっ!」
魔物「ハハハハハ、キサマもいい声を出すな。・・・・ん?」
瑞希「お・・おねえちゃんをはなせぇ!!」

気が付くと、魔物の足元には瑞希が居り、魔物の足を一生懸命叩いていた。

魔物「けなげなお嬢ちゃんだ・・・・かわいそうだから、二人ともいっぺんにあの世へ
      送ってやろう。クックック。」

魔物は瑞希をもう片方の腕で掴み上げ、軽く握ってみた。

瑞希「うわああああああぁっ!!!」
魔物「ハァーハッハッハッハッ!!!どうだ、苦しいか?」
瑞希「うぐっ・・・お・・にいちゃ・・・・ん・・・・」
魔物「アニキに助けを求めたってもうムダだぜ?ハッハッハッハァ!!」

いい気分になっていた魔物はふと思い出したように、

魔物「さて、そろそろアイツの眼前で二人を殺してやるとするか」

とつぶやき、優理と瑞希を掴んだまま、ふと勇二が転がっていた方向へと視線をやった。

魔物「・・・・・アイツはどこへ行った!?」
勇二「・・・貴様の足元だよ。」
魔物「なっ・・・!!!」

次の瞬間、魔物の両腕は切断され、優理と瑞希は地面に落ちていった。
唸り声を上げる魔物の後ろへ回り込んだ勇二は、そのまま魔物の首を絞めた。
砕かれた右腕が気絶しそうになるほどの痛覚を脳へ伝達してきたが、勇二は構わずに
魔物の首を締め上げつづけた。

勇二「フ・・・フフフフ、これが油断というんだ。」
魔物「キ・サ・マッ!!」
勇二「・・このまま貴様を封印してやる。」
魔物「!!」
勇二「安心しろ、俺もついていってやるからな・・・!」

急に勇二の身体から光が溢れ出した。それはまさに、生命の光であった。

魔物「は・・・離せっ!!!!」
勇二「そう嫌がるなよ。」
魔物「オ、オレは必ずいつかこの封印を破ってやるぞ!その時こそは・・・!!!」

勇二の身体から溢れ出た光は魔物を飲み込み、そして、魔物と共に消えた。
その後には勇二がぐったりと横たわっていた。

優理「う・・ごほっ・・・勇二さん・・・?」

なんとか起き上がった優理はその神秘的な光景を前に何が起きていたのかが
しばらく理解出来ないで居たが、突然我を忘れたように勇二の傍へ駆け寄り、
横たわっていた勇二をそっと抱き上げた。
勇二はそのぬくもりで眼を開け、優理と認識すると、ゆっくりと話し始めた。

勇二「優理、君まで巻き込んでしまって本当に申し訳なかった。」
優理「そんな・・・巻き込むもなにも、私が勝手にここへ来てしまったせいで
      こんなことになってしまって」
勇二「いや、優理のおかげで俺はあいつを封印することができたんだ。」
優理「なら、もう一緒に帰ることができるんですね?」
勇二「・・・それは出来ない。」
優理「!?・・な・・なぜですか?」
勇二「俺に残されている力だけで封印をすることはもう出来なかったんだ・・・・
      だから、最後の力・・・生命力を使って封印をした・・・・。」
優理「あぁ・・勇二さん。」
勇二「・・・泣いているのか?優理。」

勇二はゆっくりと優理の頬へ手をあてがい、涙を拭ってやる。
優理はそのぎこちない手の動きに、違和感を覚えた。

優理「・・・勇二さん、まさか・・・」
勇二「ああ。もう、なにも見えない・・。」

既に勇二の眼に光は届いてはいなかった。
だが、勇二の表情は非常に穏やかであった。

優理「・・う・・・うううぅ・・・。」
勇二「泣かないでくれ、優理。遅かれ早かれ、俺は死ぬ運命だったのだから。それに、
      好きな人を守って死ぬことが出来るんだ。後悔はないよ。」
優理「だ、だからって・・・・!!」
勇二「本当に優しいんだな、優理は・・・・・。」

勇二は、残された時間があとわずかだということを知っていた。

勇二「・・・わがままな願いなんだが、ひとついいかな。」
優理「・・・ぐすっ・・はい、なんですか?」
勇二「俺は瑞希には一族の運命を課したくはない。だから、俺は最後の力で瑞希の記憶を
      封印しようと思う。君には酷なことになるだろうけれど、もし、俺のことを
      聞かれたりしたら、”急な仕事で帰ることが出来なくなった”とでも言って
      おいてくれると有難い。」
優理「はい・・勇二さんがそう望むのなら・・・。」
勇二「それと・・・もし君が望むなら、君の記憶も封印してあげるけれど?
      ・・・そうすれば、君を縛り付けておくものはひとつもなくなるよ。」
優理「私は、勇二さんと過ごした幸せな日々をいつまでも心に刻んでおきます。」
勇二「・・・愛している人にそう言ってもらえるとなんだか照れちゃうな。」
優理「ふふふ。私も勇二さんを愛していますから。」

そうこうしているうちに、遂に勇二は最後の時を迎えた。
・・・勇二の身体が足元から砂のように消え去り始めたのである。

勇二「どうやら、最後の時が来たようだ。」
優理「嫌っ!!勇二さんっ!!」
勇二「ふふ・・最後まで迷惑をかけてばかりだったな。」
優理「そ、そんなことは・・!」
勇二「どうか、瑞希を支えてやってくれ。」
優理「勇二・・さん・・。」
勇二「・・・約束・・守れなくて・・ごめん。」

そういうと、勇二は消えてしまった。
そのあとには、勇二が愛用していた腕時計が落ちていた。
その腕時計は主が居なくなったのがわかったのか、時を刻むことをやめてしまった。
優理はその腕時計を大事そうに拾うと、眠っている瑞希を抱えて家路についた。


夕方・・・

瑞希「ふぁ〜。よくねたぁ〜。おねえちゃん、おはよう。」
優理「おはよう、瑞希ちゃん。って、もう夕方だぞ?」
瑞希「えっ?あ、ほんとだぁ。おかしいなあ・・・。」
優理「お寝坊さんなんだから、瑞希ちゃんは。ふふふ。」
瑞希「えへへへ・・・あ、そういえば、おにいちゃんは?」
優理「あ・・え・・?ゆ、勇二さん?」
瑞希「そう。おにいちゃん。」
優理「すごく大きな仕事が入ったって、大きな荷物を持ってお昼頃に出かけたわよ。」
瑞希「ふぅん・・・。いっしょにあそびたかったな・・・。」
優理「残念だったわね。」
瑞希「・・・うん。・・・あ。で、おにいちゃんはいつかえってくるの?」
優理「!・・私にはわからないわ。勇二さんは何も言わずに行ってしまったから・・。」
瑞希「そうなんだぁ。・・・おにいちゃん、はやくかえってこないかなぁ。」

ぽたっ・・

瑞希「あれ?」

ぽたっ、ぽたっ・・・

瑞希「・・・なんでだろ?なみだがでてくる。」
優理「み、瑞希ちゃん・・・・。」

瑞希は自分の涙が流れてくる理由が全くわからなかった。
その様子を見た優理はあまりの悲しさに瑞希を抱きしめた。

優理「ごめんなさいっ!ごめんなさいっ!」
瑞希「おねえちゃん・・・なんであやまるの・・・?」
優理「ごめんなさい・・・ごめんなさ・・・い・・ぅ・・うぅ・・。」

優理の謝罪の言葉は最後には鳴咽に変わっていた。その様を見ていた瑞希は
自然と流れてくる自分の涙をそのままに、そっと優理の頬に手を当て、涙を拭っていた。


−願い−

あの忌まわしい出来事から数年が過ぎた。
瑞希ちゃんと私は相変わらず、何事もない日常を送っていた。
はじめの頃、瑞希ちゃんは勇二さんのことがいつも気になって仕方がなかったようで、
ことあるごとに私に勇二さんのことを尋ねていた。
しかし、最近はそのようなことを尋ねてこなくなった。

ある日、いつものように朝食を摂っていた時、

瑞希「ねぇ、お姉ちゃん。」
優理「なあに?」
瑞希「お兄ちゃんのお仕事ってなんなの?」
優理「・・・え?」

私は返答に困った。
もし、ここで嘘をついたとしてもきっといつかはばれてしまう。
ならば、今ここで、本当のことを教えた方がいいのではないか?
・・・・考え抜いた挙げ句、私は真実を語ることにした。

優理「・・・・・退魔士・・・よ。」
瑞希「”たいまし”?」
優理「そう。勇二さんはね、人々に害を与える魔物と呼ばれるモノを退治するという
      お仕事をしているの。だから、たまに怪我をして帰ってくることがあったの。」
瑞希「ふぅん・・そうなんだ・・・。」
優理「私が勇二さんと出会ったきっかけもその魔物が関わっていたわ・・・・・。
      ・・・昔、私が孤児院に居たことを話したけれど、覚えているかな。」
瑞希「うん。」
優理「その孤児院は、ある日を境に廃虚となってしまったの。」
瑞希「”まもの”がやってきたの?」
優理「そう。それは突然の出来事だったわ・・・・。」


満月の夜、みんなでパーティをしていた。
まぁ、パーティといっても、たいした物ではなくて、
・・・みんなで遊んだり、お話したりするくらいの・・・。
そう、あれはパーティが終わりに近づいていた時だった。

がしゃん。
突然、窓ガラスが割れる音がした。

子供たち「・・・?なんだろう。」

そして、少しあとに、

??「ぎゃあぁぁぁ!」
子供「院長先生の声だ!」

みんなは何事かとその音のした方向へ走って行った。
私も急いでみんなについていこうとしたが、途中でつまづいてしまい、
気がついたときには私ひとり、広間に取り残されていた。
・・・思えば、それは幸運であったのかもしれなかった。
数秒後、院長室の方からみんなの悲鳴や叫び声が聞こえてきた。
そして、しばらくしてからの沈黙。
私はおそるおそる院長室の方へ足を運んでみた。
しかし、私は院長室へ入ることはできなかった。

・・・院長室前の廊下にはみんなが血まみれで倒れており、
その中心にうずくまるようにして何かが居た。
それは、酸素の少なくなった血が乾燥した時に出す色をした、気味の悪い動物だった。

優理「ひ、、、ひぃっ!」

私はその光景を見た途端、息を呑むようにして悲鳴をあげていた。
その声を聞いて、動物はゆっくりとこちらへ目を向けた。
蛇のように無機質な目に、顎まで裂けた口。その口からは立派な牙が姿を見せていた。
・・・・鬼・・・・・。
昔から、伝承や話にはあったが、実際に見るというのは非常に希なのかもしれない。
・・・いや、本当は一生関わることなんてない筈なのだ。
夢だ。
夢に違いない。
そう、きっと目を覚ませばいつもの生活が待っているのだ。
早く、目覚めなければ。
早く・・・。

「これは夢ではない。現実なんだ。」
優理「!?」

心の中に響いてきた謎の声。

「そこに居ては君も殺されてしまう。早く近くの戸口から外へ出るんだ!」

私は疑問を抱く前に行動していた。
そのおかげか、丁度飛び掛かってきていた鬼らしき生物の攻撃をかわすことができた。
私はそのまま急いで窓から飛び出した。

??「大丈夫かい?」
優理「あ・・・。」

その人は満月を背にやさしい面持ちで私を迎えてくれた。

??「とりあえず、君は俺の後ろに隠れていてくれ。」
優理「は・・はい。」

私は言われるがまま、その人の後ろへ移動した。
その時、先ほどの生物が咆哮をあげながら窓を破って飛び出してきた。
その結果、丁度その生物と私の前にいる人とが対峙するかたちになった。

??「安心して。俺が仇をとってやるから。」

その人はそう一言いうと、生物に向かって突進していった。
生物もその人に向かって突進していく。
私は恐ろしくなって目を閉じてしまった。
そして、暗闇の中で「グギャァッ」という声を聞いた。
・・・私は恐る恐る目を開けてみた。
不思議な生物は真っ二つになっており、しばらくして砂になって消えた。
その生物を退治したと思われる人はしばらくその生物の消えゆく様を見ていた。
私はそれが消えると同時に、数分前に見た光景を思い出してしまい、
再び身体が硬直してしまった。

優理「う・・・あ・・・・ああ・・・・」

私はまたひとりになってしまった。
・・・たったひとり。
急激に襲ってくる、身体の震えと吐き気。
目の前が真っ暗になって、そのまま死んでしまいそうなほどの絶望感。
いっそあの時みんなと一緒に死んでいたら、どれだけ楽だったろうか。
・・・死にたい。

しかし、その絶望にうちひがれた身体を暖かなぬくもりが包んだ。

??「大丈夫。君はひとりじゃない。」
優理「あ・・・・・あぁ・・・う・・うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

その人のたった一言が私の枯れてしまった心を救ってくれた。
私は、大声で泣いてしまった。
その人は私が泣き止むまで、いつまでも抱いていてくれた。

??「俺の家に来ないか?」
優理「・・・え?」

私も少し落ち着きを取り戻しはじめた時、その人は突然そんなことを言った。
私は何がなんだかわからず、その人の腕の中から一旦離れた。

優理「な・・なに・・言ってるんです・・か?」
??「あ・・いや、その・・なんだ?」
優理「・・・・?」
??「だから・・今、妹の為に家政婦さんを雇おうかと考えていて・・・それで君
      が良ければ住み込みで働いてもらえないかと思って・・・・さ。」
優理「・・ぷっ・・くすくす・・。」
??「う・・な、なにがおかしいんだい?」
優理「だって、さっきのカッコイイ姿とのギャップが・・ふふふ・・。」
??「し、仕方ないだろ?人付き合いが苦手なんだから。」
優理「いいですよ。」
??「えっ?」
優理「いえ。是非、家政婦をさせてください。」
??「・・・本当にいいのかい?」
優理「ええ。」
??「・・ありがとう。きっと妹も喜んでくれるだろう。」

気がつくと、私は微笑んでいた。
ついさっきまで生きることすら辛かった筈なのに。
『・・この人と一緒ならこの世界に居てもいいかもしれない・・・』そう思えた。
・・・・でも、決してみんなのことを忘れてしまったわけではない。
だって、みんなのことを考えただけで涙が溢れてきてしまうから。

・・・私はこれからみんなの分まで頑張って生きよう。
それがみんなへの供養になると信じて・・・。

優理「あ。」
??「どうしたんだい?」
優理「あなたの名前をまだ聞いていませんでした。」
??「あっ、ごめん。すっかり自己紹介を忘れてしまっていて。
      えっと、俺の名前は”神谷 勇二(かみや ゆうじ)”。」
優理「私の名前は”稲川 優理(いながわ ゆり)”といいます。」
勇二「・・・名前で呼んでもいいかな?」
優理「くすっ。はい、いいですよ。」
勇二「じゃあ・・・これからよろしく、優理。」
優理「宜しくお願いします、神谷さん。」
勇二「うーん、なんか苗字で呼ばれると肩が凝るなぁ・・・
      名前で呼んでもらえるかな?」
優理「はい。・・・宜しくお願いします、勇二さん。」
勇二「うん、やはり名前で呼ばれる方が楽でいい。」
優理「ふふふ・・・。」


優理「そして、私はこの家にやってきたというわけなの。」
瑞希「ふーん・・・・お兄ちゃん、強かった?」
優理「ええ。とても強かったわ。」
瑞希「・・・・わたしも”たいまし”になる。」
優理「えっ!?・・・な、なんでまた・・・。」
瑞希「同じお仕事なら、お兄ちゃんとどこかで会うことができる・・かもしれない
      から・・・・。」
優理「あっ・・。」

瑞希は泣いていた。
やはり、長い間会っていない兄のことをずっと思ってきたのであろう。
優理は勇二の最後を見取っていただけに、瑞希には同じ職業にだけは
ついて欲しくはなかった。しかし、こんな年端の行かない少女が退魔士
を目指したところできっと途中で断念するであろう・・・。
そう考えた優理は、

優理「わかったわ。なら、私が勇二さんの知り合いに頼んで修行に付き合って
      もらえるように頼んであげる。」
瑞希「ほんと!?お姉ちゃん、ありがとう!!」

瑞希は大喜びだった。
しかし、優理は非常に複雑な気分であった。


その夜、瑞希は兄の部屋を訪れていた。
兄が出かけたと優理に聞かされてから、初めてのことだった。
なぜ急に兄の部屋に来ようと思ったのか、瑞希自身にもわからなかった。
まるで、見えない力に吸い寄せられるように、兄の部屋へ足が向かっていたのだ。
勇二の部屋へ入ってみると、カーテンがかかっており、真っ暗であった為、
瑞希はまず先にカーテンを取り払うことにした。

カシャーッ!

瑞希「あ、きれいな月・・・・。」

ふと独り言を漏らしてしまうほど、その満月は魅力的だった。
しばらく満月を眺めていた瑞希はふと思い出したように部屋の中を見回した。

瑞希「あれは・・・」

瑞希は月光に反射するフォトスタンドをみつけ、手にとって見た。
記憶にない両親と、幼い頃の勇二の姿。みんな幸せそうだった。

「・・・みずき・・・」
瑞希「・・・えっ!?」

空耳かもしれないが、自分の名前を呼ばれたような気がした。
あたりを見回すが、特に人の気配はなさそうである。
しかし、あたりを見回していた瑞希は奇妙な光を見つけた。
それは、クローゼットの中から洩れていた光だった。
不思議に思い、クローゼットを開けてみると、
そこには1本の日本刀が立て掛けられていた。
どうやら光の源はその日本刀のようであった。
瑞希は恐る恐るそれに手をかけてみた。
・・・すると突然、光が瑞希を包み込んだ。

瑞希「な・・なに?なんなの?」

とまどう瑞希に再び先ほどの声が響いてきた。

「・・・瑞希・・・。」
瑞希「・・・まさか、お兄ちゃん?」
「・・・その刀は先祖代々伝わる霊刀だ・・・それで魔物と戦っていくといい・・・」
瑞希「・・う、うん。でも、なんでお兄ちゃんはその刀を私に?」
「・・・・運命に、負けてはいけないよ・・・」
瑞希「・・・運命?な、なんなの?運命って。」
「俺はいつも瑞希の傍にいるから・・・だから・・・」
瑞希「お、お兄ちゃん?」
「・・・・今は・・・さよなら・・・」
瑞希「お兄ちゃんっっ!!!」


気が付くと、そこは兄の部屋だった。
夢でも見ていたような感じだったが、
その手にはしっかりと日本刀が握られていた。

瑞希「・・・お兄ちゃん・・・・。」

瑞希はその日本刀を両手で抱えるようにして勇二の部屋を後にした。


瑞希「おはよー。」
優理「おはよう、瑞希ちゃん・・・・・あら、何?それ。」
瑞希「ん?・・大事なもの・・・お兄ちゃんから・・もらったんだ・・・。」
優理「ゆ、勇二さん・・から?」
瑞希「うん。」

瑞希はそれ以上何も言わなかった。
優理も何も聞かなかった。
時は静かに過ぎていった・・・・・。


数年後、最年少の退魔士が誕生し、目覚しい活躍をしていく。
その戦う姿はまさに勇二そのものであったという。

『いつか、お兄ちゃんと一緒に戦うんだ。』

叶わぬ夢を信じ、今日も少女は刀を振るう。


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